望みは大きければ大きいほどいい

人が望みをもつには二つの考え方があります。一つは「できもしない大きな望みは抱くべきでない」というもの。もう一つは「大きければ大きいほどいい」というものです。どっちがいいか。これは大きい望みのほうが断然いいです。

人間の能力は限界への挑戦によって高められるからです。自分がやすやすとできることばかりしていては人は進歩しません。また人間は自分にとって実現不可能な望みは絶対に抱きません。どんなに大きいことを望んでも、案外、それは実現可能なことなのです。

これは意外に見逃されている点です。

たとえば日本人が「アメリカ合衆国大統領になる」などという望みは抱きません。新入社員はその会社の「社長になってやる」と思うかもしれませんが、定年が目前の課長はそんな望みはもちません。プロ野球選手との結婚にあこがれる女性はいても、皇族の妃になりたいとは思わないのです。

だからいったん抱いた望みなら、それがどんなに実現不可能にみえても、絶対に不可能ということはありません。シュリーマンという考古学者は、子供のころホメロスの『イリアス』をよんで、トロイアの遺跡発掘の夢を抱きました。これは神話と思われていたものです。

事業で成功した彼は私財を投じて発掘を始めました。歴史学者はみんな笑いました。神話を本気にするなど正気の沙汰とは思われなかったからです。だがシュリーマンは本当にトロイアの遺跡を発見してしまったのです。

人類史上に残る偉大な発明発見など、その当時の常識からみたらみんな「ありえないこと」ばかりです。自分が心の底から「そうしたい」と思うことは大切にしたほうがいいです。どんなに困難に見えてもけっして不可能ではありません。

また能力を高めるためには、能力以上のものに挑戦しなければなりません。これはボディビルで筋肉を鍛えるとき、らくらくできることをやってもだめなのと同じ理屈です。すぐに実現してしまうような望みをいくつ実現しても、自分の能力は高められません。いまの能力では「まず無理だろう」と思えることに挑戦してはじめて長足の進歩があります。

日本人はとかく大言壮語をきらいます。「あの人は大きなことばかりいっている」というのはけっしてホメ言葉ではありません。しかし一人の人間のもつ可能性というものは、本人や周囲の人間が考えているほど小さなものではありません。その人の頭の中で想像しえたことはすべて実現可能なのです。だから望みはできるだけデカイほうがいいです。